2017年6月26日、将棋の史上最年少棋士・中学3年生の藤井聡太四段が29連勝という偉大な記録を樹立させました。こんなに将棋界が盛り上がったのも生まれて初めてではないでしょうか。マスコミ各社藤井四段がどんなどんぶり食べたとかだとか、どうでもいいようなことまで取り上げられるほど報道の嵐であります。
でも日本中のみんなが喜んでいる姿は本当に嬉しいことです。 |
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そもそも将棋というゲームは相手の駒を取って、再び指すというゲームであり、このボードゲームは
世界に類を見ない日本人が考えたすばらしいゲームでもあります。
そんな素晴らしい将棋のルーツは、意外と日本の地形にあったというのはご存知だったでしょうか。
そもそもボードゲームの元祖は紀元前約250年ごろインドの「チャンドラガ」とういう4人制の駒取りゲームから始まりました。
様々な変遷を遂げた後にインドからタイへ渡り「マックルック」という某社の商品名のようなゲームが生まれそこから中国→日本と渡って生まれたのが「将棋」です。
ちなみに西洋に渡ったゲームが言うまでもなく「チェス」です。今や世界中には駒を使うボードゲーム100種類以上と言われてます。しかし、唯一我が国 日本の「将棋」は全然他のものとは違います。
相手の駒を取るのは皆同じなのですが、相手の取った駒を再び指したり、相手陣地で裏返ったりするゲームは世界中どこをさがしても「将棋」しかないのです。
では、なぜ 将棋が日本の地形に関係あるのでしょうか。それは約3000年前日本に農耕が始まります。
平野で育った、米、野菜などの物資は、山を越え、谷を越え、街から街へと自動車が栄える近年まで人の手(人力)で運ばれていました。まず、ここが西洋の平らな土地と違って日本は火山国でもあり、起伏の激しい土地のため牛車や馬車で物資を運ぶには限界がありました。これは歴史的にみても他の国々に比べ、後に述べます美徳感覚が大きく違ってくる原因となります。
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物資は大八車で運び、身の回りのものは背負うこと(リュックサックのようなもの)が多く当然現在のようなインフラが整ってないため、時間がかかり一晩、二晩と
東海道五十三次にもあるように宿屋を利用しながら運んでいました。
そのため背負うものはできる限り軽くて小さいほうが、体に負担がかからず便利とされてきました。
背負う身の回りのものは折りたためたり小さくすることが良しとされ、当時は裁縫道具、刺抜き、筆などが小さくコンパクトにまとめられていました。
旅先の宿屋で新しく発明された披露された縮小GOODSは大いに盛り上がり宿屋で褒めたたえられ一気に庶民に広がったそうです。
故に荷物に入れる身の回りの道具は細工され、細工できないものは「不細工」(ぶいさいく)と非難され、かばんに詰まらないものを「詰まらない奴」軽蔑され、
当時は物のことを指す意味でしたが、今はどちらかというと人に向かって使われることが多い「不細工」「つまらない奴」の語源ともなっております。 |
このように「縮小する」、「小さくする」、「縮める」ということが、庶民の間で美徳とされ、小さいものを「かわいい」と表現するのもまた日本人独特であります。
例えば、ユーラシア大陸から入った大きい団扇文化を扇子に変えたり、長傘を折りたたみ傘に、大自然を日本庭園に、大きな木を盆栽に、ただのご飯をおにぎりにもに、詩を俳句に、近現代ではステレオをウォークマンにと数え上げればまだまだ!
すばらしいぞ日本人と言いたくなりますよね。
これもみんな西洋はもちろんの事、同じアジアの中国、韓国とも人種は近くとも、全く違うこの国の地形が生んだ縮めることを良しとする美徳から生まれたものだったんです。
「将棋」も同じでチェスなどの立像駒と違い、日本人は駒を平らにし攻守の方向が分かるよう五角形に細工し、紙でも作って遊べるようにし、持ち運びを便利にしました。
チェスのようにゲーム終了まで何時間もかかるより、相手の駒を取った後、再び指すことで手数が一気に増え複雑化し、時短で刺激的な逆転が生まれ面白さが倍増し、
瞬く間に確固たる日本のオリジナルゲームとしてこの歴史ある「将棋」が君臨したわけです。
藤井聡太四段をきっかけにもっともっと将棋界を盛り上がることで歴史ある日本の文化の面白さを世界に発信できる事を楽しみにしております。(2017-6-27)